「the running for over 40years」
(テツ清水&藤田ピョンが次世代に伝える熱いレーシングスピリット)
ここ最近、モータースポーツも日があたらない寒い時代を迎えておりまして、少々退屈な暮らしをしておりましたが、1本の電話から始まってしまいました。 | |
電話の相手はなんと!西日本サーキットで誰よりも早く「FFシビックレース」に参戦し、誰よりも長く走り続けているドライバー 清水忠行(テツ清水)選手でした。 1987年1988年シビックレース西日本シリーズチャピオンを獲得し、現在もレーシング活動を行っているスーパーおじさんです。 |
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(テツ)「藤田くん突然だけど・・・」・・・ ・・・ ・・・ (ピョン)「どうされました???」・・・(テツ)突然だけど・・・「耐久レースしない???」 うわーキター!!!とこんな調子 | |
実は(テツ清水)選手は、山口県防府市出身のドライバーで、1970年鈴鹿シルバーカップにてレースデビュー (70年代高度経済成長期でレースが担う役割が重要とされ始めた頃、ニッサンワークスやトヨタワークス等、自動車メーカーが挙ってレース活動を開始した時代) |
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僕は、清水さんにちょうど20年程前に当時のMINEサーキットで出会い、レースにのめり込んで行くわけですが・・・僕のレーシングライフの扉を開いて頂いた大事な恩師なのです。 最近こそ簡単にサーキット走行ができるけど、ほんの20年前はと言うと、競技車輌でしかサーキットでは走れなかったんだ!レーサー(車)を買ってレーサー(競争自動車運転手)にならないと走れなかった訳、19才の少年には苦しい台所事情だったが、走る事が好きでとても辞める気にはなれなかった。 しかし、レース人口は多かったな。当時は!台数や参加クラスもたくさんあったしね。 今、思えば本当に楽しいレースをやってたような気がする。(好き者が多かったね、レースが)最近は何だか違うようだけどね? 話せば長くなるので控えるとするが・・・ ところで、清水さん、実は以前から温めていたプランがありまして!!! 「何、、、」 「何、、、」実は、CIVIC EF3があるんですよ? それもレーシング仕様、ボディーは作りたてが??? 燃料入れて、触媒付けたら走れますよ 「 えー」 |
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もっと詳しく説明してよ・・・ 「こうして、ああして、こんなイメージ」 シビックレーサーズでやりたいんです |
シビックレーサーズの条件はこんな感じですが?
ベース車輌は20年以上前のモデルを使用し、ドライバーは過去のCIVICレースのチャンピオンドライバーを起用
メカニック、スタッフも含め当時のメンバー又は興味のある方のみでの参加(アメリカのイベントレースみたい)だけど!
いわば家族イベントですね。手弁当で? それで楽しくやろうと提案。
いいね・・・・と0.1秒で決まり。レーサーは決断も早いのです。
希望があるんだけど (S)・・・ゼッケンは37番にしてよ?
生沢徹さん仕様ですね? OK 勿論ですよ!
希望があるんだけど (S)・・・ゼッケンは37番にしてよ?
生沢徹さん仕様ですね? OK 勿論ですよ!
次回につづく
こんな会話で始まった計画ですが、実はここから更なる発展が???
2009年7月26日オートポリスに、 CIVIC Racers(シビックレーサーズ)が参上します。
20年前は、若かったけど・・ 最近は?
(変化を楽しみたい方はこちら→ 01【PDF 46KB】 02【PDF 45KB】)